最高裁判所大法廷 昭和37年(オ)515号 判決 1965年4月28日
上告人
渥美義一
右代理人
赤塚宋一
被上告人
名古屋郵政局長
山本博
右代理人
永津勝蔵
入谷規一
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
理由
上告人の上告理由は、上告代理人赤塚宋一の別紙上告理由書第一点記載のとおりである。
上告人の本訴請求の趣旨は、本件免職処分の取消を求めるところにある。
上告人は、もと、名古屋郵政局管内白子郵便局に勤務する郵政省の職員であつたところ、昭和二四年八月一一日行政機関職員定員法附則三項および国家公務員法七八条四号の規定に基づき、被上告人名古屋郵政局長によつて罷免され、その後昭和二六年四月にいたり鈴鹿市議会議員に立候補して当選した。第一審名古屋地方裁判所は、右の事実を認定したうえで、公務員が公職の選挙に立候補したときは、公職選挙法九〇条の規定によりその届出の日に当該公務員の職を辞したものとみなされることになつているから、右の事実関係の下においては、仮りに本件免職処分が取り消されたとしても、上告人は郵政省の職員たる地位を回復するに由なく、上告人の本訴請求は権利保護の利益を欠くとの理由で、本案の審理判断をすることなく、昭和三五年五月三〇日「請求棄却」の判決を下した。原審名古屋高等裁判所も、ほぼ右と同様の説示理由によつて、昭和三七年一月三一日、第一審判決の結論を支持し、上告人の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。以上のことは、記録に徴して明らかである。しかるに、本件が当上告審に係属しているうちに、昭和三七年一〇月一日から行政事件訴訟法が施行されるにいたつたが、右新法九条は、「処分の取消しの訴えおよび裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む)に限り、提起することができる」と規定し、同法附則は、その二条で行政事件訴訟特例法を廃止するとともに、三条で「この法律は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律施行前に生じた事項にも適用する。ただし、旧法によつて生じた効力を妨げない」と規定している。
ところで、新法には訴の利益に関する特別の経過規定はなく、また、右附則三条但書にいう「旧法によつて生じた効力」とは、旧法を適用してすでに確定した個々の法律上の効力を指すものと解するのが相当である。しかも、訴の利益の有無は職権調査事項であり、かつ、その存在は訴維持の要件であるから、本件訴の利益については、当上告審において、右附則三条本文の規定により、新法を適用してこれが存否を判断すべきものと解する。
しかして、原判決(その引用する第一審判決)の認定にかかる前示事実に照らせば、本件免職処分が取り消されたとしても、上告人は市議会議員に立候補したことにより郵政省の職員たる地位を回復するに由ないこと、まさに、原判決(および第一審判決)説示のとおりである。しかし、公務員免職の行政処分は、それが取り消されない限り、免職処分の効力を保有し、当該公務員は、違法な免職処分さえなければ公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利、利益につき裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、本件免職処分の効力を排除する判決を求めることは、右の権利、利益を回復するための必要な手段であると認められる。そして、新法九条が、たとえ注意的にもしろ、括弧内において前記のような規定を設けたことに思いを致せば、同法の下においては、広く訴の利益を認めるべきであつて、上告人が郵政省の職員たる地位を回復するに由なくなつた現在においても、特段の事情の認められない本件において、上告人の叙上のごとき権利、利益が害されたままになつているという不利益状態の存在する余地がある以上、上告人は、なおかつ、本件訴訟を追行する利益を有するものと認めるのが相当である。
されば、論旨は、結局、理由あるに帰し、原判決およびこれと同趣旨に出た第一審判決は、右の点において、破棄または取消を免れず、本案についての審理判断をなさしめるため、本件を第一審名古屋地方裁判所に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条、三九六条、三八八条に従い、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官奥野健一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。
昭和三五年三月九日当裁判所大法廷は「……除名処分の取消を求める訴は、判決による除名処分の取消によつて除名処分のなかりし状態に復帰し、もつて、剥奪された議員たる身分の回復を図ることを目的とするものに外ならないのである。従つて、既に議員の任期満了等の事由によつて議員の身分を失つている者については、最早除名処分を取り消しても議員たる身分を回復するに由ないのであるから、かかる場合においては除名処分の取消を求める訴は、訴訟の利益がなくなつたものとして、許すべからざるものと云わなければならない」と判決した(昭和三〇年(オ)第四三〇号、民集一四巻三号三五五頁)。然るに、昭和三七年一〇月一日から行政事件訴訟法が施行されるに至つたが、同法九条は、免職又は除名等の処分の効果が任期満了その他の事由がなくなつた場合でも、俸給又は歳費の請求権行使など回復すべき利益がある場合にはその処分の取消を求める訴訟の利益があることを明らかにしたものであり(昭和三七年二月八日衆議院法務委員会における政府委員の説明参照)、従つて、そこにいう「回復すべき法律上の利益」とは、単に処分によつて剥奪された身分、資格の回復に限らないことを定めたものと解せられる。それ故、前記大法廷判決は、右新法の規定によつて、立法的に変更されたものと考える。
そして、新法附則三条の規定により、同法施行前になされた処分であつても、その効力が争われ、現にこれに関する訴訟が係属し、未だその効力が確定していないものについては、新法を適用して訴訟の利益の有無を判断すべきであり、またその事件が上告審に係属中新法が施行されるに至つた場合であつても、訴の利益の有無は訴訟維持の要件であり、職権調査事項であるから、上告審は、新法の趣旨に従つて、訴訟の利益の有無を職権により判断すべきものである。
然りとすれば、本件上告人渥美の免職処分取消の訴については、同人が免職された日から、市議会議員の立候補届出により郵政省の職員たる身分を喪失するに至るまでの間の俸給請求権を回復する法律上の利益を有するものというべきであるから、本訴請求は権利保護の利益を欠くとの理由で、本案の審理判断をすることなく、これを排斥した第一審判決および同判決を是認した原判決は共に違法たるを免れず、論旨は理由がある。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)